蚕を尋ねて(前編)


 着物はほとんどが絹糸で出来ています。絹が持つやさしい風合いや、暖かくて涼しいという心地良さなどは、絹織物を着物に仕立てて身に付けたことがある人ならだれでもが感じていることです。
 そして蚕が吐く糸から絹織物が織り上げていることも、日本人なら誰でもが知っていることでしょう。
 私も長いこと着物に携わっていてシルクの良さは、よく分かっていながら実際には蚕がどうやって絹糸を作り出すのかは目の当たりにしたことがありませんでした。どのように蚕が研究されているのか興味津々でした。
 蚕の研究に携わっていられるKさんと知り合うことができ、筑波にある農業生物資源研究所への見学が叶いました。今回から3回に分けて、見学のレポートをお伝えしたいと思います。



農業生産資源研究所について


 広い敷地の中にその研究所はありました。この研究所は昔東京の杉並区の青梅街道沿いにあった「蚕糸試験場」のことですか?という私の質問は合っていたようで、昔は蚕糸試験場と言っていたそうです。大分前から国の研究機関は筑波に集められていましたから当時の蚕糸試験場も筑波に引っ越したと言う事でした。
 私の通う美大の近くに蚕糸試験場がありましたが、そのころは全く縁がなく、停留所の名前の記憶ばかりでしたから、今になって名前の変わった「農業生物資源研究所」を訪れたことは感慨深いものでした。ルポのようになりますが、私の見たこと感じたことを綴って行きますので。一緒に見学しているつもりで読んでみて下さい。



お蚕さんに会う


農業生物資源研究所 この蚕の研究棟は点在する色々な研究所の奥に建ち、あまり人気のない建物の中でした。
  Kさんの研究室を訪れて蚕の話しを聞く事が出来ました。

 蚕の種類はとても多く500種類近くあり、現在は「ありあけ」と言う種類の蚕が孵化していて、見ることが出来ました。


蚕が卵から羽化するところ

蚕が卵から羽化するところ。温度、湿度、光線等を調整した環境に保護し羽化の準備をする。羽化前には卵が青くなるので催青という。

飼育棚の様子

飼育棚の様子。異品種間の混交を避けて飼育する。

 早速に孵化している蚕の部屋に案内して貰いました。孵化した蚕は毛蚕「けご」と呼ばれ、桑を食べはじめ、4週間位の間に4回眠り、4回脱皮してそれから繭を作り始めるのだそうです。

 孵化した蚕は棚に並べられている箱の中に数知れないほどいました。孵化したばかりの毛蚕はケシの実ほどの小ささで黒く、成長を続けて行くうちにみるみる大きくなり何週目かを迎えた箱のなかの蚕は立派な大きさになり身体を立ち上がらせたり動いたりと活発でした。
 眠る期間に入っている蚕は全く動かないのでした。まさに食っちゃ寝食っちゃ寝という繰り返しです。
 実は蚕に会う前は触ったこともないので気持ち悪くないかとおどおどしていたのですが、眺めている内に恐いのに触りたい衝動に駆られて思わずそっと触りました。
  動き回る蚕の手触りは厚手の日本紙のもみ紙の感色で、乾いたかさかさした感じでした。

  私の年代の色々な方に聞くと、小さい頃に学校で飼っていたとか、地方の方のなかでは、養蚕に従事していた家で普通に蚕と暮らす生活や環境を経験している方々も多く、私のように東京の人間にとっては経験も環境もなかったものですから、間近で見たのは新鮮な驚きでした。
 触ることが出来たのはこの蚕が絹糸を作ってくれるのだという感謝の気持ちからでした。



絹1反をつくるには


 さて、着物を作る1反にはどれほどの糸が必要かご存知でしょうか、ここに記してみます。

桑葉
桑葉 98kg

蚕
蚕 約2700頭

繭
繭 4.9kg(約2600粒)

生糸
生糸 900g

絹反物
絹反物 1反(700g)

 生糸を織物にする時、減耗があります。また織物の加工段階でロスがあります。次回は蚕の身体と繭になる過程などについて述べて参ります。

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