昨今の浴衣事情アレコレ


 ゴールデンウィークも開けて落ち着いた5月の後半、工房にて浴衣だけの展示会を開きました。着物については半世紀も携わってきた私ですが、専門は絹物です。

 浴衣は夏限定の着物ですので、基本は他の着物と大きく変わるわけではないですが、綿が中心の浴衣に特化した展示会は正直戸惑いがあったことは否めません。

aaaa.jpg新年が明けてから、浴衣を染めている染工場に赴いたり、まず何となく知っているだけの知識だけでは、お客様に説明するには説得力もないので、最近の浴衣事情、産地、素材、柄について半年近く調べた上で、満を持して工房における浴衣展を開催しました。


 今まで浴衣の注文に関しては、お客様に頼まれれば取り寄せるというだけで、積極的に取り扱うことをしてこなかったのですが、今年ばかりは大きく力を入れて取り組みました。
 ここまで浴衣に取り組もうと決意したのには、大きな理由となるエピソードがあります。


 先日、お客様にこんな話を聞きました。若い方、たぶん20歳前後かもしれませんが、浴衣を着ていった花火大会で帰りがけに雨に降られ、びしょびしょになってしまったそうです。
 駅で濡れた浴衣を脱ぎ捨てシャツに着替え、濡れた浴衣は駅のゴミ箱に捨てて帰ったのだそうです。
 話を聞いたとき、このような低次元な感覚で浴衣を着る若者がいるのが現状なのかと、作り手側である私は強いショックを受けました。
 浴衣といえども、通りいっぺんの夏のファッションの使い捨てと思われていることを悲しく思いました。

 浴衣にも多くの職人が関わり、古来からの伝統があり、大切に着て欲しいという想いが募りました。昔ながらの浴衣、丁寧に染められた手仕事の浴衣を、ここらできちんと若い方々に紹介しておく事は、おこがましくも私たちの役目かと言う考えに至ったのです。


若者と浴衣、問題点




 近年浴衣を着る若者が増え始めてきたのにも関わらず、夏を過ぎると、その秋から冬にかけて袷の着物へと継続していかないことで、浴衣は別物、一過性のファッションにすぎないと思われています。
 和装を文化として大切に扱われるためには、浴衣を着始めた若者たちに、一年を通して着物を親しむ土壌を育んでもらうきっかけにならないといけないと思います。


 浴衣は和装に興味を持つきっかけとしては最適です。しかし、現状では驚くほど安価な浴衣、セット販売、たとえば大手のスーパーや量販店で、外国産(主に中国産)のプリントのものであったり、私にはどうなのかと思う様なおかしな柄が主流を占めていることが気にかかります。
 質が良いとは言えない縫製、主にアジアで仕立てる海外ミシン縫製で吊しの浴衣が、S、M、Lの表記でハンガーに掛かりさがっていたりするのを見ると、そんな売り方や作り方ばかりが主流になっては、着物の持つ雰囲気というより、夏のレジャーに着るコスプレ用ファッションとして、若者に向けた商品展開だけで終わってしまいます。

 昔から続く浴衣の醸し出す粋、仕立て、お洒脱さが微塵も感じられません。もう少し大人も選べる夏の着物としての浴衣を、皆様に知って欲しく思ったのです。


 つまり本物の浴衣を知っていた上で、予算の都合で安い物を選んで買うというのは良いのですが、一般に安く売られている外国産の出来合いのものが、浴衣の全てだと思ってほしくないです。

 浴衣をまるでTシャツを買うがごとくに軽く扱い、着物の分野にも洋服の分野にも入らずとはならないよう、夏の着物のひとつの分野として正しい位置に引き上げたく思ったのです。



昔ながらの浴衣、染色技法


 それでは、昔ながらの浴衣にはどういうものがあるか、染工場に行った時の写真をいくつか紹介します。伝統的な浴衣の染色技法で最も代表的なものである注染を紹介します。

注染

 読んで字のごとく「そそぎ染め」とも呼ばれます。型紙で染めない部分に糊を付け、乾燥後に染める部分に土手を作り、糊付けにより囲われた土手の内側に染料を注ぎながら染め上げていく染色技法のことです。

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 色の濃淡を染める染料の具合を見ながら職人がひとつひとつ色を差していくことで、手作業ならでは色のぼかし、グラデーションが魅力です。一度に多色を使って染めることができます。

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 染料は生地の下側に抜けるので、生地の芯まで染まり、裏表なく柄が鮮やかで色褪せしにくいことが特徴です。

 注染以外の技法では、長板中形染め、絞り染め、先染め、引き染め、ろうけつ染めなどがあります。

注染

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 注染は明治時代に栄えました。染めが裏地まで通っており、プリントのものと比べると、にじみやぼかしが美しく色の深みが格段に違います。レトロな柄が多く職人の手作業で一枚一枚風合いが違うのも特徴です。

長板中形

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 浴衣でも高級ランクに位置する、長板中形染めは、注染より歴史が古く江戸時代に栄えました。藍の単色が主流で柄が細かく職人の高度な技術を要します。裏表で異なる柄を持つものがあります。


絞り

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 絞りは愛知県の有松・鳴海絞りが有名です。鉤針に生地を引っかけてひだをつけ、しわを寄せて根元から絞る技法。絞りの種類は100以上。最近では雪花柄が人気です。

ろうけつ

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 溶かした蝋を生地に染み込ませ、固まった蝋にひび割れを入れることによって、独特の亀裂模様を作り出す染色技法。写真は紳士用の浴衣です。


浴衣の素材について




 浴衣の素材は綿か麻がほとんどです、綿100、麻100、綿80麻20、綿50麻50、など綿麻が混合してるものがあり、麻は通気性と風合いは抜群に良いですが、そのぶんシワにもなりやすいという特徴があります。
 綿コーマ、綿紅梅、綿絽、紬、縮、など、夏ならではの素材感と着心地を楽しんで見みてください。

 また珍しい素材では綿50絹50など絹が混じってるものも存在します。絹紅梅などは絹85綿15ともはや浴衣というより夏の着物に近いと言えるでしょう。


工房として仕立てのこだわり



 浴衣展では注染をはじめ、長板中形、有松絞りや近江縮みなどを紹介しつつ、昔から伝わる柄行き、古典柄、江戸時代の浮世絵に残るような型など、いかにも粋で洒脱な柄や色使いを重視し、選りに選った浴衣をそろえて皆様に紹介しました。100以上にわたる点数の浴衣を集め、次に知ってもらいたかったのが手縫いの仕立てについてです。

 寸法も個人個人違うのでそれぞれ採寸をしました。特に男性はついたけなので着丈については神経を使います。

 あえて今時のミシン縫製ではなく、手縫いによる着心地の良さを肌で知ってもらいたく思いました。
 反物から手縫いの仕立てにしたのには、こだわりもありますが、反物から作る喜びも若い方に一度知ってもらいたかったからです。

 つまり本物の浴衣、職人が1反づつ染めた浴衣を、職人が一点一点手縫いで仕上げたものを、満足して着て頂きたいと思ったのが今回の最大の目標でした。

 浴衣などは究極のエコの物です。大昔から着古した浴衣はやがて赤ちゃんのおむつになってとことん使われたのですが今の若い人はそんなことは知らないでしょう。
 少なくとも昭和の40年くらいはまだ浴衣で出来たおむつがあったような気がします。

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未だ現役96歳の仕立ての職人さん


 冒頭の話に戻りますが、手をかけた職人さんの浴衣を駅のゴミ箱に捨てることなど、誰ができるでしょうか。

 浴衣展では気になる価格帯はお客様の年齢層を考えて若い人でも手の届く範囲にし、来年もまた着たいと思えるような品質とを両立させました。



自分で着られることも大事




 次に知ってもらいたいのは自分で着る楽しみです。今回、浴衣を自分で着られるようにするために講習会を設け、男女ともに着られる様に練習しました。

 思いつきで購入しても、自分で着られなければもったいないです。そしてコーディネートの楽しみを知ってもらいたいです。
 帯の結び方も色々あり楽しいですが、最近では、浴衣に足袋、半襟、帯締めなど合わせて、浴衣をあえてきっちり着物風に着る着方も流行っています。上質な浴衣ならではの楽しみ方です。

 浴衣の気楽さを活かしてみたり、きっちり着てみたり、シチエーションに合わせてどんどん着こなしもチャレンジしてもらいたいです。


展示会で気づいたこと




 さて浴衣の展示会が始まると想像を上回るお客さんで賑わいました。5日間にわたり開催しましたが連日遅くまで賑わいました。浴衣展の後も8月末まで、浴衣が欲しかった方々が後を引き、浴衣で遊ぶ会も何度も企画されました。
 会期中は幼稚園児から80歳ぐらいまで、幅広いお客様がおいで下さり、想定外の大人数の方々に反響があったことが何より嬉しかったです。
 30代後半、40代の方々が圧倒的に多かったのですが、男性も多くいらして下さいました。

aa.jpg 展示会終了後に、私は色々考えさせられました。40代ともなると、自分にしか似合わないものが欲しい気持ちも強く、良い品を納得して求めたいという意識があります。
 しかしながら、従来の呉服専門店やデパートの呉服売り場に出向いて買うには、敷居が高くて面倒くさいしそんな買い方は慣れていないのではないかと思われます。初心者が売り場に脚を運ぶというのは難しいのでしょう。

 思ったのは、男女とも服を買うように気楽に買える着物屋さんが少ないと言うことです。年齢から言えばもう安っぽいものは嫌だし、満足度がない物ははいやだけれど、納得をすれば求める気持ちはあると言うことでした。

 ひと昔まえであれば、親が着物の知識を持っていたので親任せにして着物を求められたはずですが、今の30代から40代の親たちは自ら着物を選んで買う気持ちは昔より薄れているし知識が乏しいのです。親の世代がうまく伝えていません。

 小さい子供の浴衣を買うならいざしらず、学生でもないのだから、若者のノリで商品知識の乏しいまま大型店でTシャツを買うようには浴衣を買いたくないのでしょう。
 今回の浴衣展のようにご夫妻で着物を選べる場所と、商品についてしっかり把握でき、納得すればもっと着物を着る方が増えるのではと改めて思いました。

 着物をいずれ着てみたい、まず浴衣から挑戦してみようかと思った方がいて、やがては着物を着ることへのハードルが少し下がったのかなと思います。こちらも勉強させられた夏でした。これからも日本の着物、浴衣について正しく伝えて行きたいです。

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