動物に借りた柄


 着物や帯の図柄は自然界から影響を受けたものがほとんどです。前回のレクチャーでも取り上げた天象模様、大地の草花、この地球の形を成す山、海、川、湖など、この地球に存在するありとあらゆる動物たち、鳥や昆虫にいたるまで、人間を取り巻く多くの種の姿は私たちの身近に感じる事が出来ます。

 今回は、その中でも動物から生まれた代表的な図柄を取り上げ、いくつか列記してみましょう。
 人は絵を描く過程で、周りに見える動物の特徴を生かし表現します。動物の姿を借り洗練されたデザインも数多く生まれてきました。そしてそのデザインの持つ特徴や意味合い、楽しさについても触れてみます。


吉祥文様として代表的な図柄について



 「亀


 最も有名で古来からある図柄ですが亀そのものの姿を描く事もあります。亀は長生きする動物と言われて長寿の象徴のように言われます。
 鶴は千年、亀は万年と言われるようにおめでたい時に亀は良く登場します。亀そのものの形では甲羅に苔を付けたり尾のようなものを付けて、いかにも万年も生きているように描く事もあります。
 その亀の甲羅の形から亀甲模様はデザインとして独立して着物の柄によく使われます。この亀甲の六角形は安定した形で多くの動物界の中に存在しています。
 蜂の巣もそうですが六角形の形は壊れにくい強靱な構造なので自然界の中で多く生み出されるのでしょう。誰もが知っている亀甲は動物に借りた代表的な柄のひとつです。

茗荷鶴と丸龍入り亀甲文様四天

茗荷鶴と丸龍入り亀甲文様四天

毘沙門亀甲に牡丹の図摺泊

毘沙門亀甲に牡丹の図摺泊



 「鶴


 鶴は亀とセットのように鶴亀と言われこれもお目出度い柄としてよく使われます。鶴はその姿が美しいので、立っている姿、飛ぶ姿、舞う姿など様々に描かれています。
 亀の甲羅の亀甲のように分解してデザインが独立していませんが、巣ごもりの姿も含めてそのままの形が美しく白い羽も清楚であり、優雅な柄として好まれます。
 似たような存在で、白鷺も美しい鳥の代表として描かれていますが、鶴が吉祥の鳥としてよく知られています。

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舞鶴

飛鶴文様袱

飛鶴文様袱紗



 いかにもお目出度い、鶴と亀の極めつけのような装束の写真があります。この2枚は30年近く前に観世宗家の衣装展のおりに目にした2点です。ご紹介致します。

青海波亀文様

青海波亀文様

亀甲鶴文様

亀甲鶴文様



厄落としまたは厄除けの図柄について



 「蛇


 蛇は厄除けとして、その鱗を表す三角形の形を「鱗」模様と言われ、これも多くの衣装に使われています。蛇そのものは不気味な姿ですからそのまま描かれることはありませんが、その鱗をデザイン化して三角形の形を繋げたのは、先人のたいしたデザイン力だと思います。その柄が厄除けや厄落としとしてもてはやされるのには、蛇が何度も脱皮して行く様を「生まれ変わる」再生するという意味に捉えているからです。
 厄年の巡るときに鱗柄の長襦袢を作ったりするのにはこんな理由があるからです。
 余談になりますが鱗柄で有名なのは歌舞伎「娘道成寺」の衣装です。ここではそのストーリー上、衣装にふんだんに鱗柄が使われています。機会がありましたらぜひご覧になることをおすすめ致します。

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雲龍と鱗に片輪車唐花文様



鱗に垂れ桜六通

鱗に垂れ桜六通



武運や勝利など気運の高まりを信じた図柄について



 「龍、鯉、虎、獅子、鷹


 架空の動物である龍については、日常的に着る衣装に用いられる時、女性の場合は少ないですが男性用の柄としてよく使われます。龍は天に向かい昇って行く様は気運が高まる柄として、主に羽織の裏地や長襦袢の模様に描かれます。
 表地の着物は織りが多く地味めですが、裏地に男性らしく雄々しい図柄として多く使われます。鯉も滝を昇り龍になったという言い伝えがあるように出世を願う柄、縁起の良い柄として描かれます。
 同様に虎や獅子も勇壮な動物としていかにも強そうですから羽裏や男性の長襦袢によく使われ、鷹も果敢に獲物を狙う強い鳥ですから裏地に描かれることが多いです。
 動物の柄を描くのは男らしいとされているようでよく描かれます。男性の着物は裏地にお洒落をします。羽織を脱いだときに雄々しい柄が見えたりするのも粋で嬉しいのでしょう。



龍の柄の羽裏

龍の柄の羽裏


鯉の柄の夏帯

鯉の柄の夏帯


番外編として



 「蜻蛉


 蜻蛉は動物ではありませんが、虫の中でも勝ち虫と呼ばれて、後ろに下がらない勇敢な虫と言われ、特に武将に好まれて兜や甲冑の裏側とか持ち物に多く描かれました。印傳の小物にも蜻蛉の柄がよく描かれています。



 「蝶


 蝶々の柄もお目出度い柄として使われます。蝶は飛び立つという意味を込めて縁起の良い柄と考えられて若い女性の模様に多く見られます。昔はお見合いには着物を着る事が多かったので縁起を担ぎ蝶の柄の着物を選んだりもしました。
 古典では大きな揚羽蝶が華やかに花から花へと飛び回る蝶の図柄は好まれています。しかし、一方では飛び回る蝶は魂を表すとも言われて特に白い蝶が不祝儀の柄として扱われる時もあります。祝儀不祝儀とも両方に用いられるというのも柄としては特殊です。



終わりに


 上記で述べましたように、動物から借りた柄では気運の上昇を願ったりしているものが多いです。今回は動物からの観点だけで思いつくままに代表的なものをまとめてみましたが、まだ他にも動物の柄は存在します。
 これらは特に季節感を伴わない柄も多いので、何時の季節にも使用出来る点は便利と言えましょう。柄のアイデアをくれる動物達にも感謝しなくてはなりませんね。

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